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2013/12/31

コマユキオ@ミサキ

先日12月23日のこと、
三味線奏者の駒幸夫さんが岬へやってきました!


駒さんは、現在米国ニューヨーク市在住で釜石市出身です。
また、彼の母は東日本大震災で犠牲となりました。
そんな中、自ら奮起し、被災者を勇気づけたいと三味線を
弾かれてきたそうです。

駒幸夫さん(左側)















地域住民のみなさん


ステージは、誰でも知っているような曲が演奏され
地域住民が参加するなど大変盛り上がりました^^
素敵なクリスマスプレゼントとなりました。
たくさんの勇気と感動をいただき、
たいへん感謝しております。

ありがとうございました。

2012/10/29

大盛況の五年祭 祝!


28日末崎町泊里に鎮座する熊に神社大祭無事
終えることが出来ました。

8:30 各地区神社下へ集結し神輿とともに門ノ浜漁港へ
(この場所は泊里地区で一段と高くなっていますが神社の母屋と
この下から防波堤までも住居が80世帯以上ありましたが
全壊流出しました。震災前は家々が建っており、
この場所から海はあまり見えませんでした。)


門ノ浜漁港
大漁旗で神様をお出迎え!

門浜漁港にて各地区虎舞・七福神踊り披露
各地区ごとに、虎舞・七福神などは特色があります。
これらの道具は、公民館に保管されています。
震災により、道具を損失・損壊した地区もあります。
ちなみに門浜地区では津波が右上に見える家の床上まで浸水しました。


我が碁石地区七福神舞!インド人の助っ人も大活躍☆

熊野神社が鎮座する泊里地区

左上の林の中に神社があります神社は残りましたが
津波は鳥居の上近くまで来ました。
この地区は瓦礫を取り除いただけ未だ復旧は進んでいません。
4年後の祭りには復興・復旧が終り盛大に出来る事を願っています。

復興へ第一歩となる熊野神社大祭でした。
しかし、まだまだ課題は多く、これからも団結して
がんばらなければなりません!


そして、当地区へご支援して頂いた方々今回こうして祭りが出来たことに
感謝申しあげます。今後もゆっくりと見守ってあげてくださいませ・・・・
たまには、ミサキの家へも遊びに来て下さいね☆


それでは、皆さま、最近は急激に寒くなって参りましたので
お体には気をつけてお過ごし下さいませ。


2012/10/20

震災後、初の五年祭!(予告)

震災後の当地熊野神社大祭(通称:五年祭)が
10月28日(日)行われます。

津波で山車や太鼓・祭り道具・祭り衣装等流された地区
仮設住宅に移った人、人手と祭り道具の足りない中
復興に向け各地区とも一丸となって頑張っています。 
奉納には、各地区より虎舞・七福神・子供虎舞・子供七福神等
 
*今回の祭りには道中踊り・奉納踊りは
  出ないことになりました。
(今回祭り参加地区8地区のうち津波、浸水の被害が
 無い地区は1地区のみ)
碁石地区の子供虎舞の練習@地区公民館前

子供七福神の練習中、毘沙門天でしょうか。

子供たちも夜の練習を頑張っていますので
是非観に来てやって下さい〜☆
     
大人の七福神舞にはボランテアで大船渡に来ている
インド人の方が出る予定です。


尚、踊りの場所は
10月28日(日)朝8時頃より熊野神社 
10時頃より神輿と山車が門ノ浜漁港へ向かいます。

(例年ですとこの会場は泊里浜漁港ですが復旧していないので
今回のみ門ノ浜漁港で行うことになりました。
また、去年は末崎町の別の地区で五年祭でしたが、
震災のため中止となりました。)

心を一つに地元から元気を!! 

2012/09/12

復興への目印

陸前高田 高田松原の 「奇跡の1本松」保存へ
本日9:30より枯れた松の長期保存をする為 分割伐採が行われました。

気仙中学校側(気仙沼寄り)より

10:20 頃

防腐処理加工後 来年2月中旬ごろ
元の場所へ設置されるようです。

どんどん解体される一本松
今、観に行っても何も無いです。 根元から切りましたので・・・・・

早く戻ってきて 陸前高田の復興のシンボルと成ることを願っています。


2012/05/19

端午の節句に!

ちょっと時期的には、遅くなりましたが
末崎町の西舘地区では、今でも元気よくこいのぼりが揚がっていますグッド(上向き矢印)
※家庭によっては、旧暦でこいのぼりをあげているところもあるようです。

元気に泳ぐこいのぼりたち















このこいのぼりは、静岡県の団体から
少しでも勇気付けてほしいということで昨年寄贈されたものですかわいい

40匹弱はいます。
これだけ揚がっていると圧巻ですね目
※この数は、この地区の世帯数のようです。

子供たちもこれを見て
元気に育ってほしいです手(グー)

2012/03/17

浜に活気 復興へ第一歩


三陸大船渡碁石産ワカメ
浜はがんばっている・・・

去年は収穫が始まった直後の震災でした。
浜に置いて流したり
これから収穫しようとしていた
養殖ワカメ・施設がすべて流されました。  

今朝の赤土倉(碁石海岸)漁港では
数か所で作業が始まりました。

(ワカメの在庫が無いとの事で
今年の値段は高止りな様です。ご理解ねがいます。)


船で刈って来たわかめを陸揚げし
すぐにボイル作業。

(この日は波がたかかったようです。)   

海水で茹でる

濃い茶色のワカメがボイルすると鮮やか緑色になる



































数分ボイル後直ちに海水で冷やす



















冷したワカメは塩を絡めて、一昼夜塩漬ける。



















作業場は、海岸近くで行われます。


















撮影協力 幸福丸 山本春夫さん

このように、製品販売までは何通りもの工程をふまなければなりません。
ワカメの芯抜き作業→選別→脱水→塩落とし→選別→袋詰め→製品→集荷

これからワカメの最盛期です。
皆様のもとへも間もなく届くと思います。どうぞよろしくお願いします。


2012/03/10

あれから(3.11)早い1年でした・・・

各ボランティア・自衛隊・警察・全国の方々の支援に感謝して止みません。
本当にありがうございます。

おかげ様で、震災直後とは違ってだいぶ復旧が進んでおります。
岬のある大船渡市の末崎(まっさき)町もしかりです。
それでは、震災直後と現在(12年3月)の様子を
被害のひどかった碁石、泊里、西舘、小河原、細浦の
写真を比較しながらご紹介してまいります。

※写真のアングルは、だいたい同じ位置です。
※末崎町は、18の地区に分かれています。
参照:岬ホームページの名所の地図をご覧ください。
小河原、細浦地区は、載っておりませんm(_ _)m

大船渡市末崎町の震災直後と現在(12年3月) 

■碁石地区
震災直後の碁石浜前(右側が海)
まだ波が引き切っていません。
現在の碁石浜前(右側が海)

かつての静かな海に戻っています。
しかし、碁石浜漁港の船着場は、
未だ1m位沈下したままです。
かさ上げしないと漁や水揚げができません。


■泊里地区
震災直後の泊里地区(左側が海)
左端に見えるのは、ヤマザキショップ
現在の泊里地区(左側が海)
左端に見えるのは、同じくヤマザキショップ
鉄骨だけ残っている

何かと便利だったヤマザキショップ。
周辺にも多くの家々がありました。

海は見えていませんが、
30mほど左に入ればすぐに海です。



■西舘地区
震災直後の西舘地区(右側が海)
右端はガソリンスタンド
現在の西舘地区(右側が海)

中心やや右寄りの白く立っているのは、
ガソリンスタンド(まるたけさん)。
震災後いち早く仮復旧して
営業していました。とても助かっています。


■小河原地区
震災直後の小河原地区(手前が海)
画面奥の見える細長く白い建物は中学校
現在の小河原地区(手前が海)

ここは、団地などがあり多くの家屋がありました。
3分の2(200世帯)以上全壊したと思われます。
町内でもかなり被害が多かった地区です。



■細浦地区
震災直後の細浦地区(手前が海、奥が細浦駅)
現在の細浦地区(手前が海)

細浦駅前(大船渡線)駅舎・・・
気仙沼~盛間運転見合わせ中(線路が寸断されたまま)
復旧のめどは、まだたっていないようです。

この付近は店舗も多くありました。
今は見る影もありません。


このように、震災直後に比べ見違えるほど
復旧が進んでおります。
これは、多くの方の支えと協力がなくては
できないことでした。重ねてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。

しかし、それでも、まだまだ復興には時間がかかりそうです・・・
課題は、さまざまありますが、
岬もこれまで以上に頑張ってまいりますので
今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

2012/02/20

碁石浜瓦礫の撤去


水中の瓦礫撤去@碁石浜


















碁石浜漁港も まもなく震災後
一年になろうとしていますが 
海の底には まだまだ沢山の
瓦礫が沈んでいるようですバッド(下向き矢印)

今日も漁業関係者が小船を
出して鉄くずや家具・漁具・他等
の撤去を行っていますダッシュ(走り出すさま)
※地元では、この小船を「かっこ船」
といいますひらめき

碁石海岸の海は、きれいになり
底まで見えるようになっているのですがー(長音記号2)


ちなみに、画面で見えている船着場も
1メートル位沈下しているようです。
波がいつも被っているので、
すっかり緑(海苔)ですたらーっ(汗)

3月初旬からは 三陸わかめの刈り取り(出荷)が始まり浜は復興に向け活気づいてきます手(グー)

(震災後初めての水揚げになります)
おいしい三陸産(碁石産)わかめもう少し待ってて下さい・・・


2012/02/11

今日で11ヶ月


あの日から、もう11ヶ月も経ちました。

まだ?でしょうか。

町は、着々と復興に向けて
進んでいます。

・・・んん、まだまだゴール見えませんが
みんなで、頑張りましょうexclamation×2


2012/02/10

復興庁発足


いよいよ、本日から復興庁が発足いたしましたひらめき
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20120210_3
(岩手日報より)

岩手県は、

盛岡市に復興局

宮古市、釜石市に支所

が置かれました。

・・・個人的には、大船渡に支所でも
よかったんじゃなかったなぁと(独り言)たらーっ(汗)

兎にも角にも
迅速な復旧目指して頑張りましょう手(グー)


2012/02/06

復興の会合(五部落)が開催されました!


2月5日(日)、復興まちづくり協議会が
碁石コミュニティーセンターで開催されました。

今回で四回目。

関係各所の専門家が起こしになりました。

■今回話し合われた内容
・住宅再建について(土地利用など)
・防潮堤の仕様について(高さなど)
・産業復興(観光産業の場合)


防潮堤の話題では、首都大学の皆さんが
地図の模型を作って来て下さいました。
段ボールで勾配を表現


市で方針となっている12.8mの場合、
または、現状の7mの場合、
それぞれどうなるのかを
模型にCCDカメラをあてがい
分かりやすいように示されました。

高さ12mの防潮堤にすると、約50mの幅が必要になるようです。
市の方針
かなりのセットバックが必要になりますが・・・

震災時に安全に避難できるよう
新規道路案も提示されました。
新規道路案
........

とても有意義な話合いで大切だと思いました。

市の対応もありますが、
住民側もまとまる事が先決なようです。
市としても、住民の意見が
必要なそうです。

そのために、一人でも多くの住民(被災してない方も)が
こういった会に参加される事を望まれます。
地元の方は、積極的に参加するようお願いします!

ご支援ご協力いただいている皆様、
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。



2012/01/17

阪神大震災から17年



今日で、阪神大震災から17年も経ちました。 17年しかでしょうか。


神戸では、立派に復興しているようです。

…と、最近まで思っていましたが、未だに苦しんでいる方々が
たくさんいらっしゃるということを報道で改めて知りました。

お恥ずかしい限りです。


私たちも、今はまだいいですが、
一年後、二年後…どんどん風化していくのでしょうか。

それでも、私たちは、強く生きてこの貴重な体験を
後世に伝えていかなければならないと思います!



そして、一番の願いは、この体験が次の震災に活かされ、
一人でも多くの人命が救われる事です。

また、同時に阪神大震災・東日本大震災で
今も尚苦しんでいらっしゃる方が安らげる日々が
一日でも早く訪れることを願わずにはいられません。

共に頑張っていきましょう!


碁石岬の食事処「岬」のホームページはこちら